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福岡高等裁判所 昭和34年(ナ)21号 判決

原告 内橋十郎

被告 福岡県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「昭和三四年四月三〇日執行の福岡県山田市市議会議員一般選挙は無効であることを確認する、訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求め、請求原因として次のとおり述べた。

一、昭和三四年四月三〇日執行の福岡県山田市市議会議員一般選挙は後記の理由により無効であるから、選挙権者たる原告は同年五月一一日山田市選挙管理委員会に対し異議の申立をしたところ、同委員会は同年六月二九日理由なしとして棄却したので被告委員会に訴願した。同委員会は同年一一月二六日これに対し棄却の裁決をし原告は同年一一月二七日裁決書を受領したので本訴を提起する次第である。

二、右選挙が無効である理由は次のとおりである。

(イ)  三菱上山田及び古河下山田鉱業所は選挙運動用ポスター掲示場所を制限した。すなわち、三菱上山田鉱業所は所属鉱業所内に一〇ケ所、古河下山田鉱業所は同六ケ所を指定したが、指定の掲示場所は特設掲示板でいずれも約一メートル平方か二メートル平方位の広さがあるだけで、立候補者四〇名の選挙運動用ポスターを貼付するには余りに狭小であつた。右掲示板には労働組合推せんの鉱業所従業員たる立候補者の選挙運動用ポスターだけが貼付されえたゞけで、鉱業所外の立候補者のポスターを貼付する余地は殆んどなかつた。特設掲示板外に貼付することは公職選挙法(以下単に法という)一四五条二項違反となることにかんがみ、かかる掲示板の狭小は、前記市選挙管理委員会が特設掲示板の実体調査を怠り選挙の管理執行の適正さを欠いたことによるもので、かかる事実はもつて本件選挙の無効事由に該当する。

(ロ)  昭和三四年四月一八日午後五時三〇分頃原告は街頭演説の目的で古河下山田鉱業所にはいろうとしたところ、同鉱業所労働組合員田中道博外二〇数名のピケ隊によつて入所を阻止され、同鉱業所内での演説ができなかつた。また同年同月二五日午後六時一〇分頃三菱上山田鉱業所でも各区入口で同鉱業所労働組合員足立博外一〇数名の者によつて入所を阻止されて演説ができなかつた。

また鉱業所内での街頭演説は午後一時から午後九時までとする旨の各鉱業所からの申出があり、市選挙管理委員会は各候補者に右の申出を連絡させていたところ、その後右制限を更に強化し、午後四時から午後九時までとした。かかる街頭演説の時間の制限は法一六四条の六の規定の趣旨に反する。鉱業所が右の如く街頭演説の時間を制限したのは鉱山保安管理の必要に基くとしているがさような必要性はない。ピケ隊による入所阻止といい、時間の制限といいこれ等はすべて鉱業所ないし市選挙管理委員会が労働組合の圧力に屈して採るべき措置をとらず、鉱業所外の立候補者の選挙運動を不利ならしめたものに外ならずかかる事実ある以上本件選挙は無効といわざるを得ない。

(ハ)  山田市においては、公民館長町内会長財産区議員行政区長はすべて同一人が兼務しているから、これらの者が選挙運動をなすときは、法が防止を企図している利害誘導地位利用が侵犯される可能性が多い。すなわち、行政区長は連絡員を招集する権利があり、公民館長は公民館員を招集する権利ありこれらの権利を行使して選挙権者に対し選挙運動を行い、選挙権者はそれらの者の意図に反すれば村八分にされるおそれがありとして盲従している。また財産区は山田市条例には定められていないが、事実上戦前の機構を残置しており財産区議員は現存していてかかる者の言動は選挙民に多大の影響を与えている。本件選挙においては、上記の役職にいる者が立候補して当選し或は立候補者の運動責任者となりその立候補者にして当選した者が多数存在する。市選挙管理委員会としては、かかる者の立候補ないし運動責任者となることを遠慮するよう処置することが、道義的見地からみて当然で、かかる措置に出でずして執行された本件選挙は無効である。立証として甲第一ないし第三号証を提出し、証人森文男の証言を援用した。

被告代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、請求原因第一項中異議申立日が昭和三四年五月一二日異議棄却の日が同年六月二〇日であつてこれらの点を除きその他の事実はすべて認める。

二、請求原因第二項について

(イ)  本件選挙において三菱鉱業株式会社上山田鉱業所(以下三菱上山田鉱業所という)及び古河鉱業株式会社下山田鉱業所(以下古河下山田鉱業所という)が各所長名義で本件選挙の告示日(昭和三四年四月一八日)以前に山田市選挙管理委員会委員長あてに各鉱業所内において行う本件選挙の候補者の選挙運動用ポスターの掲示場所及び街頭演説の場所と時間等の規制を内容とする連絡依頼状を提出し、市委員会がこの文書の写に「選挙運動用ポスター掲示の連絡について」と題する委員長名義の公文書を付したものを立候補の受付の際全候補者に対して配布したこと、この文書の内容が両鉱業所内における選挙運動用ポスターの掲示箇所として三菱上山田鉱業所において一〇数ケ所、古河下山田鉱業所において六ケ所をそれぞれ指定したものであることは認める。しかし、右掲示場の大きさ、ポスター貼付の状態に関する原告主張事実は知らない。仮りに右の点に関する原告の主張事実が仮りにあつたとしても、これらの掲示場は鉱業所の管理に属する工作物であるから、その設備及び使用の承諾は鉱業所の専属的権限であり市委員会がこれにつき関与する権限も義務もない。

(ロ)  次に、同年四月一八日の夕刻古河下山田鉱業所において、また同年四月二五日の夕刻三菱上山田鉱業所において原告と同各鉱業所労働組合員との間に紛争があり、市委員会のとつた事態拾収の態度からみて、市委員会はこれら労働組合の圧力に屈し選挙運動の自由を故意に阻害せしめたとの原告の主張事実は否認する。各鉱業所が街頭演説の時間を午後四時から九時までに制限し、これを候補者に連絡することについては市委員会は全然関与せず、また、各鉱業所が右の如く時間制限を更に強化したのは選挙運動が予想以上に激烈であつたため鉱山保安の必要からやむをえずなした措置と推認される。

(ハ)  山田市において公民館長、町内会長財産区議員及び行政区長はすべて同一人が兼務していることは知らない。また、かかるものが本件選挙で立候補したとしても、これらの職はいずれも立候補を禁止されているものではない。公民館長町内会長及び行政区長が選挙運動を行つたかどうかは知らないが、かりにさような事実があつたとしても本件選挙を無効とする事由たりえない。

以上を要するに、選挙を無効とするためには法二〇五条一項に定めるように選挙の規定に違反し、それが選挙の結果に異動を及ぼす虞があることを要件とする。選挙の規定に違反するとは、選挙管理の任にあたる機関が選挙の管理執行の手続に関する明文の規定に違反することがあるとき、またはこのような明文規定はないが同じく選挙管理の任にあたる機関の行為によつて法の基本理念たる選挙の自由公正の原則が著しく阻害されたときを意味する。したがつて本件選挙において市委員会の関与しない鉱業所又は選挙人等の行為にして違法な事実があつたとしても単にそのことによつて選挙無効の理由とはならないから、原告の主張は理由なきものといわねばならない。

(立証省略)

理由

一、昭和三四年四月三〇日執行の福岡県山田市の市議会議員の一般選挙につき選挙権者たる原告が選挙の効力を争い適法な異議の申立並びに訴願をし、いずれも棄却されて適法に本訴を提起したことは当事者間に争がない。

二、よつて原告主張の選挙の無効原因について判断する。

選挙が無効であるためには第一に「選挙の規定に違反することがあり」第二に「選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合」に限る。前者について考えるに、選挙は選挙人名簿の作成、選挙の公示または告示から当選人の決定に至るまでの集合的行為で、この間の手続個々の行為について法は選挙が自由公正に執行されるための詳細な規定を設け、且つ、その規定が適正に遵守執行されるために、政治的に独立な選挙管理委員会を設けている。「選挙の規定に違反する」とは、かような選挙の管理執行にあたる機関が、選挙の管理執行の手続規定に違反することがあるときを原則とし、例外的に明文の手続規定に具体的に違反することはないが右機関が自ら選挙法の基本理念たる選挙の自由公正の原則を浸犯し不公正偏破な行為に出でたことがあるときを意味するものであつて、右機関以外の選挙人その他の者に選挙法の規定に違反することがあつても、そのことは選挙の無効を来すことはない。例えば選挙運動をなすに際して買収利害誘導の行為があり、暴行又は威力を加えて選挙の自由を害する事犯があつたところで、単にそのことのゆえに当該選挙が無効とならない見やすい事例を想起すれば如上の理は自ずから明らかであろう。この見地に立つて原告主張事実を考えるに、二の(イ)(ロ)及び(ハ)の選挙運動をなすべからざる者に選挙運動をした事実があるとの点は、さような原告主張事実が仮りにあつたとしても、本件選挙の管理執行にあたつた山田市選挙管理委員会のなした行為でなく、所論鉱業所、労働組合員ないし公民館長等の行為であつて、これらは法二〇五条一項所定の選挙の規定に違反する場合に該当しないといわねばならない。

のみならず、原告主張の個々の事実について検討するに、(イ)選挙運動用ポスターを他人の工作物に掲示しようとするときはその管理者の承諾をえなければならないことは法一四五条二項の規定するところで、三菱上山田鉱業所及び古河下山田鉱業所が所論の掲示場を指定したため原告がポスターを掲示しえなかつたということは、結局ポスターの掲示につき承諾を得なかつたことに帰するものである。管理者は各候補者に平等公平に前記承諾を与えなければならないことはない。承諾を与えるとこれを拒否するとは自由に属することを考えると原告主張事実は、それ自体理由のないことである。(ロ)ピケ隊によつて鉱業所内にはいることができなかつたとの主張について考えるに、ピケ隊員に選挙の自由を妨害した犯罪行為が成立するかどうかは別問題として、山田市選挙管理委員会はかかる行為の発生について自ら関与した事実を認めるに足る証拠はないから、これが選挙無効原因たりえないこと明らかである。また、前記両鉱業所が候補者の鉱業所内での演説を所論の如く時間的に制限したとしても、それは所有権ないし管理権に基く自由裁量行為と解すべきで、それがたとえ労働組合の圧力によつて採られた措置と仮定しても何等違法の点は存しない。候補者は他人の所有地占有地に、街頭演説のためといつてこれにはいる権利を当然に有するものではなく、所有者占有者の承諾があつてはじめて立入ることができるものといわねばならない。しかも市委員会が両鉱業所の前記時間の制限措置に関与した事実は全く認められない。(ハ)の主張のうち、公民館長、町内会長財産区職員行政区長らが選挙運動をしたとの主張について考えるに、選挙運動をなすことを禁ぜられている者は法令によつて明定されており、かかる制限を受けない者が選挙運動を禁止される理由はない。右の地位にある者が、選挙運動を禁止されている者であることについての証明はなく、法令上さような規定もない。したがつてこの点については原告の主張は全く理由がない。

また右の地位にある者が立候補をしてならない者でないことは原告の自認するところであり、法令の規定に徴しても明らかである。したがつてこれらの者の立候補を市委員会が受理したところでそれは当然であつて、この点に関する原告の主張も理由がない。

してみれば原告の本訴請求は理由がないこと明らかであるから棄却することとし民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中園原一 中村平四郎 亀川清)

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